ハルタ Harta

2019/11/26

画業21周年記念 山本ルンルンに迫ります!


今年で画業21周年を迎えた山本ルンルンさん。
その、唯一無二の世界観はどう生まれるのでしょうか?
ロングインタビュー、掲載です!

ーー『月刊漫画ガロ』(以下ガロ)で掲載されたデビュー作の『RUNRUNHOUR』から21年ですね。おめでとうございます。
ありがとうございます。あっという間でしたね。毎日うんうん悩みながら漫画を描いていたら、21年経っていたという感じです。「ガロ」には持ち込みで、作品が掲載された時は本当に嬉しかったです。

「ガロ」に掲載された「RUNRUNHOUR」。デフォルメ絵の効いた絵柄と、ダークな作風はデビュー当時から健在。

ーー漫画家を目指したのはいつ頃からですか?
漫画は小学校1年生から描いていていました。白い紙の両面に描いてホチキスで留めて、漫画みたいにして。作風は今とは全く別物で、もっと少女漫画然としていました。12歳の時に初めてちゃんと原稿用紙に描いた漫画を「別冊フレンド」の月例賞に応募したら小さい賞をとって、審査員の方から「この歳にしては上手い!」と言われて有頂天になっちゃって。もう目指しちゃいますよね、漫画家...。そこからは、月例賞の常連でした。結局大きな賞はとれませんでしたけど。

ーー今のような、可愛くも毒っぽい"ルンルンワールド"はいつから確立したのでしょうか?
大学生の時に、漫画を描くのを辞めていた時期があったんです。なんとなく漫画を描いているのがはずかしくなって...。漫画じゃなくて、イラストレーションを描いていました。その過程があって、今のイラストっぽい絵柄と世界観にたどり着いたんだと思います。

ーーイラストの仕事もされていたんですか?
いいえ。せっせと賞に応募していました。でも箸にも棒にもひっかかりませんでしたね。イラストの内容も、いつの間にか1コマ漫画みたいなものを描くようになってきて......。やっぱり私は漫画を描きたい人間なんだなと、ふたたび漫画を描き始めるものの、作風に悩んでて。そんな時に友達から「バンドの会報に4コマ漫画を描かない?」と誘われて、その時気楽に描いたものが楽しくて。今の作風になったきっかけです。ペンネームもその時に"ルンルン"とつけました。友達とふざけて考えたペンネームで、まさかこんなに長く使うと思っていなかったので、一時期とても恥ずかしかったんですが......。もう諦めました!

ーールンルンさんといえば、朝日小学生新聞で連載しているフルカラー漫画の印象が強いです。新聞連載は、どういった経緯ではじめられたのでしょうか?
朝日小学生新聞に、漫画募集の広告が載っていて「応募してみたら?」と友達が持ってきてくれたんです。当時、「CUTiE Comic」で『シトラス学園』を描いていたのですが、私は子供しか描けないな......と悩んでいた時期でした。子供向けの新聞なら子供を描けばいいのだから、出来るんじゃないかな? と軽い気持ちで応募した記憶があります。
新聞がオールカラーになるタイミングだったので、漫画もカラーでどうですか? と提案されて。その頃はもうパソコンで漫画を描いていて、カラーもそんなに大変ではなかったのでフルカラー漫画の連載になりました。 それから17年、こんなに続けられるとは。

『シトラス学園』は2001年に発売されてから、根強い人気で2度復刊されている。画像は発売順。

ーー続いた秘訣はなんでしょうか。
短いお話を描くのはわりとできたからでしょうか。むしろ、短い話しか描けなくて......。子供の頃から藤子不二雄先生が好きだからかな。短編が好きです。

ーー新聞連載は1日に3ページづつの掲載ですね。
1日3ページづつ、1週間のうち1日がお休みで、18ページで1話、ひと月に4話、というスタイルでやっていました。
「ガロ」で連載した『RUNRUNHOUR』も、「CUTiE Comic」で出してもらった『シトラス学園』も、短いお話の連続なんです。そこから徐々に24ページ、32ページと、長めのお話も描けるようになっていきました。新聞も、今は30ページくらいで1話です。

現在「朝日小学生新聞」で連載中の『はずんで! パパモッコ』は7年目に突入。小学生から絶大な支持を得ている。

ーー新聞の連載と、漫画雑誌での連載。ページ数以外で、何か違いはありますか?
新聞は見開きや立ち切りが使えない、など細かい違いはありますが、漫画を作る時に、"子供向けの漫画"、"大人向けの漫画"と言うふうにあまり切り替えてはいないです。ただ朝日小学生新聞の場合、主人公はやっぱり小学生になるので、こどもの目から見た世界のお話になります。一般の漫画誌では大人やこども、いろんな人の目線のお話が作れます。そこが違うかな。あと新聞は、ふだん漫画をそんなに読まない人も読むので、より分かりやすい表現をするようにしています。

ーー漫画雑誌での最新作は20世紀のロシア。サーカスで生きる少女を主人公にした『サーカスの娘 オルガ』(以下『オルガ』)でした。この作品は、ルンルン作品にしては珍しく、歴史を題材にした物語でしたね。
オルガはもう全てがチャレンジでした。はじめての長編だし、時代と場所を限定したのもはじめて。大人を主人公にしたのもはじめてだし、恋愛物もはじめて。新人作家のつもりで描いていました。コマ割やセリフについてもひとつひとつ「本当にこれでいいのか?」と確認するように。これまで野生児のような漫画家だったもので......。
この作風もあって、今まで色々許されてきてしまって、「好きに描いてください」って感じだったんです。『オルガ』は編集者さんとみっちり話し合ってネームを何度もやりとりして作りました。田舎の海辺でバシャバシャ水遊びしていた人が、シンクロナイズドスイミングの先発メンバーに選ばれたような気持ちでしたよ。

連載開始にあたり、建物やサーカスの描写にリアリティを出すため、ロシア取材も行なった。全3刊発売中。

ーー挑戦してみて、いかがでしたか?
描けるものの幅が広がりました。子供を描くのが好きなので、そればかり描いてきたんですが、本作の後半で大人になったオルガを主人公にしてみて、「次はもっとこういう事をやりたい!」というインスピレーションをたくさん得られました。オルガを大人にすることは最初から決めていたんですが、実際やってみると難しくて......。反省がたくさんあります。
あと、ロシアやサーカス、歴史を漫画の題材にしなかったら、知らないままだったことをいっぱい勉強できたのがよかったです。

ーーオルガだけでなく、大人になったユーリィやレオも、読者から反響が大きかったです。
嬉しいです。小さな女の子ばかりでなく、これからは、男性にも興味を持って描いていきたいです!

ーー劇中では、サンクトペテルブルクや、モスクワが出てきます。約100年前の街並みの資料探しは、どうしていらっしゃったんですか?
資料として映画をよく観ていました。ロシア革命を描いた『ドクトル・ジバゴ』は本当に名作です。名前だけなら知っている人もいるんじゃないかと思いますが、当時の衣装や、市街地の様子、その情景がよく捕らえられているし、お金持ちと貧しい人の格差も出てくる。人間ドラマも面白いですよ〜。
それから『オルガ』より後の時代、1930年代のスターリン独裁体制時代を描いた映画『太陽に灼かれて』も面白かったです。この漫画を描いていなかったら観ていなかっただろうなと思います。

ーー次回作について、お話を伺わせてください。
描きたい漫画はたくさんあって、ホラー漫画も描いてみたいし、海外の昔話を題材にした漫画も描いてみたいし......。
ホラー漫画は大好きで、伊藤潤二先生や、諸星大二郎先生、高橋葉介先生に影響を受けているので、いつか描いてみたいです。不思議で怖くてっていうのが、もうとにかく大好きで...
あ、そうだ! 世界の祭日とお菓子にまつわる短編集、という10年くらい温めてる企画もあります。

ーーその企画ははじめて聞きました(笑)。
それから、日本を舞台にしたものは描かないといけないなと思っています。昔から、色んな編集さんに「日本を描いてください」って言われるので。。あと、なんでしょう。色々あった気がするんだけど、今出てこない......

ーールンルンワールドは広がるばかりですね。では、最後に31年目に向けての抱負を聞かせてください。
31年目!?描いていられたらいいな...。可愛いのものを描くのを得意としてきましたが、それだけでなく、おじさんとか、おばあさんとか、美少年とか、色々な味のある人間を描けるようになりたいです。 漫画家になって、特に10年目あたりからワープゾーンに入ったみたいにあっという間に過ぎてしまって、まだまだ描けていないことがいっぱいです。これからも漫画を描いていくので、皆さんに読んでもらえたらと思います。

ーーありがとうございました。

【プロフィール】
山本ルンルン(やまもと・るんるん)
漫画家。1973年栃木県生まれ。
1998年「月刊ガロ」(青林堂刊)にて「RUNRUNHOUR」でデビュー。
2004年『マシュマロ通信』がテレビアニメ化。
著書に『シトラス学園』『オリオン街』(宝島社刊)、
『サーカスの娘 オルガ』(KADOKAWA刊)などがある。
現在、朝日小学生新聞で『はずんで!パパモッコ』連載中。
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